2005年09月01日
もふさん2
BRIOの写真についてですが私が18才の時に撮って東京の杵島隆という当時は売れっ子写真家として活躍していた先生に弟子入りするために写した写真は静物写真でした。当時の写真技術としては後で聞いた評価ですが18にしては可なり高度な技術を持っていたらしいです。26才の時にNYで撮った性をテーマにした写真展FUCKが私を一日にして有名にしてしまいました。其れがレッテルの始まりでした、雑誌「平凡パンチ」でヌードを撮り始めたのも其の頃です。後に広告写真等はかなり撮りましたパルコの内田裕也さんがNYのイーストリバーでスーツを着たまま泳いでいるCF等は私のアイデアで撮ったものです。シルクロードはNHKがやる5年位前に主に遺跡中心ですが撮っています、インドではお釈迦さんが生まれて死ぬまでを克明に廻りました、等々他にも沢山写真は撮って来ているのですが世間と言うのは人を一面的に見たがるというか世間用に簡略するというか派手な部分だけ強調して都合良くしたいのですよ、良くも悪くもイメージ付けされる訳で私の場合ヌード代表とやれば話が早いと言う事です。私の考え方というか生き方に「一芸に秀でる」というのは無くて写真だけでは自分が括れないというのがあって他の色々な分野を知りたい色々なメディアには夫々のやり方と人が居る訳で表現者として経験するという行為を通して自分を創っていきたいという考えの下に行動して来たのです。BRIOでの静物写真は雑誌の性格上「男の小物」というテーマ設定があり例えばコンドームなんかは編集部としては対象が「性」と言う事でやれないのです、するしないは兎も角人間は性から逃れて存在がある訳もなく文章としても書きたいテーマなんだけどね、でもこの仕事は今私の中では最前線の積もりで頑張りたいし面白い写真であり文章です、もっともっと過激に跳んだカンジでやりたい、毎号結構悩みながらやってます、其れこそが楽しいですよ。
投稿者 tenmei : 2005年09月01日 00:51
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