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2006年06月17日

最近のインタビュー

       二玄社「別冊CG STILE 」vol.3 特集「わが心のヒーロー」掲載文の転載

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        Yutaka Haniya by Tenmei Kano


もっと思考しろよ! 

 結局この一言に尽きるんだけど、人間は他の動物と違って「思考する」わけじゃない。言い換えると、人間は生きているかぎり、考えるという行為から決して逃れることはできない。放っておいたって自然と考えてしまう存在なんだ。語弊を恐れずにいうなら、野球で四割打とうが、100メートルを9秒で走ろうが、オリンピックの選手だろうが、そんなことはオレにとっては別に大したことじゃない。極端に言ってしまうと、クルマが好きだったり、オートバイが好きだったり、そんなことはどうでもいいんだ。なぜなら人間にとって一番重要なのは、今言ったとおり「考えること」だからな。
 考えるとはいっても、いかにカネを儲けるかとか、そういうことを考えるのは屁みたいなことであって、「考えることを考える」というかな。現実世界から超越した自分を持てるかどうか。実際の生活の中で思考生活をどれだけ持てるかどうか。思考の質や領域といったものがここではきわめて重要で、そこで埴谷雄高という男がオレにとってかけがえのないヒーローになっていく。埴谷という存在は、そうだな、もう“空前絶後の想像力”だよ。
 「死霊」という本を最初に手にしたのはもうずいぶん前のことだ。手に取った動機に「死霊」というタイトルがあったのは事実だが、ご承知のとおり、内容がきわめて難解でね。埴谷がこの作品でいったいなにが言いたいのか、正直言ってほとんど理解できたとはいえなかった。今なお完全に理解しているとはいいがたく、一生かけて読み続けていかないと、たどり着けない世界かもしれないなんて思っているよ。
 社会がヒーローを欲し、ヒーローは時代の制約を受ける。その構図をどう思うかって?いや、だからさあ、もう一回この国の教育の図式というものを考えてみろよ。大学なんかでも、「国」とはいいものですよ、「国」というものに拠って生きるべきですよ、「社会」というものには幸福があるんですよなどという、オレになんかに言わせれば実にクダラナイ教育をしてるわけだよ。明治以降の近代の教育の中で作られた私たちというのは、いったいどういう人間たちであるか。そういう国にあって、人間とは根本的に何なのか。そういうきわめて大事な検証が、一般人に足らなさすぎる。
 埴谷雄高は戦争前後の苦い経験があったにせよ、最終的には「社会」などといったものから解き放たれた存在なんだ。日本の文学には私小説という独自のジャンルがある。「枯木灘」に象徴される中上健次は私小説の流れを汲む日本近代文学のひとつの究極形だと思うけど、埴谷雄高というのはさらにその先にある人というイメージだ。もちろん文学には違いないんだけど“超文学”というか、日本の近代文学を超えた存在としてある。あるいは最初からそういう枠の中にいない人という気もする。オレにとっては“思考するスーパースター”だ。

投稿者 tenmei : 13:36 | トラックバック

2006年06月16日

最近のオネエチャン達

携帯グラビアサイト「加納典明ワールド」とウェブサイト11社で展開している撮影した女の子は多分300人は優に超えている筈で凄い数だ。
他のグラビアサイトの写真は紙メディアで撮ったものの二次使用が殆んどでサイト用に撮り下ろしているのは「テンメイワールド」だけだ、今後ウェブサイトは勿論携帯の機能進化に合わせ現在も少し出しているが、私自身が廻す「動画」を多めにというか充実させようとしている、色々意見、撮って欲しいモデル等あったらコメントしてくれたら有り難い。
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竹内のぞみ
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島本里沙
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荻堂れいか

私はゴルフ大好き人間だが、ゴルフダイジェスト社のウェブサイト・GDO・オンラインのブログサイトにカキコミしてて、其方も見に行ってくれると嬉しいな。
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投稿者 tenmei : 10:46 | コメント (3) | トラックバック